うなぎの寝床 猫の悪戯


3年半前にお引き渡しをした『うなぎの寝床』にお邪魔してきました。

玄関脇に植えたフッキソウ。
当初は、まばらでしたが、見事に生い茂っておりました。
植込み時のお話は、コチラ≫

玄関のピンポンを押すと、Nちゃんが元気にお出迎え。
あの頃ハイハイしていた子が、大きくなってね!ハイハイの様子は、コチラ≫
整理整頓が行き届き、品よく住まわれている様子。嬉しくなりました。

家の内外を一通り回って、点検を。「こ、これ、何ですか、、、」
縦配管にネコの爪痕、エアコンの冷媒管が剝き出しに。ネコの通り道になっているそうで、
悪戯には建主さんも気づいていなかったそう。ネコ対策が必要ですね。

後ろから「はかせ~」と、Nちゃんの声。誰のことかと思えば、私のこと。
家のことを何でも知っている博士なのだそうです。
たしかに、この家のことなら誰よりも知ってますけどね!
子供にそんな呼び方されたのは初めてなので、ビックリしました。

『うなぎの寝床』の紹介は、コチラ≫

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戦利品@京都 ウラン硝子の電傘


戦利品をもうひとつ。大正時代に作られたウラン硝子の「電傘」です。

フリルの付いた小ぶりな電傘、微妙な透明感、その形態と素材感が美しい。
ソケット部分は真鍮。3つのビスを緩めて、電傘を簡単に取り換えることができます。
事務所をこのアトリエに移転して丸2年、探し求めていた照明器具が見つかりました。

さてさて、ウラン硝子をご存知でしょうか、、、
着色剤として、微量のウランを混ぜたガラスのこと。
ウランガラスはドイツ語読み、英語ではバセリンガラスと呼ばれます。

ウランは1789年に発見され、当時はガラスの着色材として考えられていたそうです。
その後は、ご察しの通り、原子爆弾に使えることが分かり、、、
ウランガラスは、今でもチェコとアメリカで極少量ですが作られているとのこと。

日本でも大正から昭和初期(戦前)に掛けて、一時的に製造されました。
それらの多くは食器。
つまり、日本製のウラン硝子の電傘は、めったに出て来ない代物なのだそうです。

電球は、透明ガラスのベビーボール。10Wを使用。
ほんのりとした灯りが、また美しい。

そして、これがウラン硝子の特徴。紫外線が当たると、青緑の光を放ちます。
朝焼けや夕焼け時、紫外線が満ちた時に起こる幻想的な現象。
こちらの写真は、ブラックライトを当てた様子です。

時間帯、電気の付け消しによって、いろんな表情を見せてくれます。
この子にすっかり魅了され、これは連れて帰らねばと、、、
清水の舞台から飛び降りました。

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戦利品@京都 柄杓のようなもの


こちらは寺町通り界隈を散策中、世界各国の民芸品を取り扱うお店で出会いました。

竹の部分は、お店の人がタイで買い付けたもの。
日本に持ち帰り、電球と丸いベースを取り付けたそうです。

ランプシェードは竹の筒を斜めにカット、支柱は筒から伸びた竹の枝。一体物です。
柄杓のような形をしていますが、元々何に使われるものかは分からないそうです。

竹の形態を見て、用途を考える竹細工職人の想像力。
何だか分からないものを持ち帰って、照明器具にしてしまうお店の方の創造力。
想像力の連鎖によって、私の手元に納まりました。

さてさて、どのように使おうかな、、、
スタンドにしても良し、壁掛けにしても良し。
ともあれ、昨日ご紹介した「醤油さし」でも照らしてみよう。

うん!美しい。相性もピッタリです。

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戦利品@京都 醤油さし


京都で手に入れた戦利品。

姉小路界隈を散策中、生活骨董品屋さんで出会いました。
大正時代に作られたソーダ硝子の「醤油さし」。

ポルトガル船の種子島漂着に伴い、西洋から伝わったガラスの文化。
硝子工芸は、江戸時代初期に長崎で開花。
その後、京都、大阪、江戸、佐賀、福岡、薩摩などに広がります。
明治には、硝子が人々の暮らしの中でも身近な存在となり、
大正には、さらに産業として飛躍した時代です。

明治維新後の文明開化により、西洋から近代的なガラス製造技術が入って来て、
当時の硝子職人さんたちは、懸命にその技術を学んだそうです。
心に留めたいのは、西洋そのものを真似たのではない「和硝子」という文化。
一点一点に対する職人のこだわり、西洋ガラスにはない温かみを感じます。

その昔のこと、日本酒や醤油は、蔵元から樽詰めで運ばれ、店先で量り売り。
蔵元から一升瓶に詰めた醤油が出荷されるようになったのは、大正初期。
昭和初期には、樽詰めと瓶詰とが同等の割合になったそうです。

ハイカラな大正浪漫を感じる硝子。
醤油を入れようとは思いませんが「一輪挿し」としてが実用的でしょうか、、、
そのまま飾っておくだけでも美しい代物です。

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春の京都に行ってまいりました。


家づくりの会&家づくり学校の有志40名。

行程は半日。やはりこのメンバーで行くと楽しいし、より深い勉強ができます。
大人の集団ですので、現地集合、現地解散。私は前泊し、京都街中ひとり散策。
でも、その記録は「メモリーカードエラー」となってしまいました、、、

俵屋さん中庭の見事な桜のこと、泊まった宿のこと、
街で出会った古い建物、路地、建具屋さん、骨董屋さんのこと、
美空ひばりが子役時代に通ったという老舗喫茶のたまごサンドのこと、、、

今回の旅は、心の深く記憶されているので、データが消えても気になりません。
心に留めておく意味で、それはそれで良かったのかもしれません。

後宿はせず、寄り道もせず、素直に新幹線に乗って帰るつもりでしたが、
やはり食事して帰ることに。
上の写真は、今回の旅で唯一お見せすることのできる写真「京漬物」です。

Iさん、Kさん、Hさん、Gさん、Mさんと一緒に。濃いメンバーです。
名前を出すのは無粋かと。イニシャルに留めておこうと思います。
特にMさん、今回の企画、ありがとうございました。

第9期「家づくり学校」の受講生募集のお知らせは、コチラ≫
〆切は、今月末となっております。

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東京土産の定番


悲しみから丸2年、3回忌を終えました。

母に「お土産何がええ?」って聞くと、答えは決まって「ひよ子」。
私が高校卒業後、上京して20数年、ずっと。
東京には「もっとええもんが、ようさんあるで」といっても「ひよ子」と、、、

母は、情報誌もインターネットも見ない。ひよ子しか知らんのとちゃうか(笑)
いや、もしかしたら気を使ってくれてたんかもしれん。
お手頃価格やし、駅や空港の売店でも買えるし、悩まんでええし、、、

こちらとしては、めずらしいもん食べたいから、ちゃうもんも買って帰る。
美味しいと言いながらも、最後には「やっぱり、ひよ子が一番やな」と、、、
ほんま美味しそうに口に運ぶ。ほんま好きやったんやろうな、、、

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縁の繋がる家 子供部屋とロフトの設え


オープンハウス時に間に合わなかった障子、襖のお話の続きです。

上の写真は、末っ子Nちゃんのお部屋。
壁は、薄い紫色。この壁に白木の障子は似合わないので、ヴィンテージ感ある着色。
鴨居はなく、敷居のみ。敷居に沿ってスライドさせ、開閉することが出来ます。

その開口部から臨む景色。
吹抜に面しており、薪ストーブの暖かさを享受することができます。
吹抜には長さ3.5mのファミリーデスクも面しており、
カラバッジョペンダントライトが4基吊るされています。

デスクの背面には、男の子二人の部屋の出入り口。
上部の障子の向こうはロフト。ここの障子も、和室に合わせたデザイン組子。

ロフト空間は16帖。子供部屋とは吹抜で繋がっており、のぼり棒が配されています。
ロフトは両世帯で一体的に使えますが、3枚引きの板戸で仕切ることも可能。
障子は、薪ストーブの暖気がロフトに逃げるのを遮るために設けました。

障子を開けると、2階のファミリーデスク越しに、1階のリビングまで臨めます。
このことによって、空間的な広がりはもちろんのこと、家族の繋がりも期待できます。
障子を開け放てば、夏や中間期は重力換気を活かした風通しの良い空間にもなります。

親世帯からロフトに登る「互い違い階段」。子世帯側にも同様の階段。
ハシゴだと不便ですし、普通の階段だとスペース的にモッタイナイしということで。
引込戸を設けているので隠し階段(忍者屋敷)のようにもなっており、楽しい仕掛け。

廊下の右手には、両親それぞれのお部屋。
それぞれに1帖分のクローゼットがあるのですが、廊下にも折れ戸の付いた壁面収納。
収納量たっぷりの住宅です。

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縁の繋がる家 和室の設え


『縁の繋がる家』キッチンから和室を見た様子です。

オープンハウスの際には、障子や襖が間に合わず、、、
お越しいただいた皆さまにお見せすることができませんでした。
ブログでご報告します。

障子の桟は、デザイン組子。「あみだくじ」みたいですね(笑)
モダンなリビングに対し、障子もモダンなデザインとしました。

キッチンの後ろは、洗濯機の置かれた洗面脱衣室。
障子を開けておけば、キッチンから和室でお昼寝する子供の様子を見ることができ、
かつ洗濯動線をコンパクトに。

障子を開けた様子。琉球畳に縁甲板は岩手県産「南部くり」の名栗(なぐり)。
名栗とは、表面を刃物ですくい取るように削り、凹凸を出すひと手間加えた仕上げ。
伝統的な技法であり、優しい手触り、座り心地が良いのが魅力です。

障子の敷居すべりは、厚さ3mmもある「さくら」。
天井は「焼竹網代」、押え竹は「煤竹」。天井材セレクトの様子は、コチラ≫
襖は、桂離宮の襖を模した市松。江戸時代から続く和紙問屋さんから取り寄せました。
青は斐伊川手漉純楮紙の草木染、白は越前手漉純楮の奉書紙です。

数寄屋素材を用いながらも、現代的な住宅にも似合う設えとなるよう心掛けました。
お母さまのお姉さまが、自宅にお茶室(炉や水屋もある)を持っている方。
色々と、興味深々のようでした。

襖の脇には「出文棚(いだしふみたな)」ならぬ、読書・パソコンデスク。
足元は、腰掛けしやすいように、掘り込んでいます。

縁側に面した2枚の障子は、右側に引き込まれ、引き残し無しの全面開口となります。
あみだくじ障子の横桟ピッチは、無秩序なランダムピッチに見えますが、
こちらの横桟のピッチと揃えて、統一感を持たせています。

和室の裏は、洗面脱衣室から縁側へと抜ける3帖程のウォークスルークローゼット。
洗濯物は、クローゼットを通って南に面した縁側の軒下に干され、
乾いた衣類は和室に放り込まれ、たたんで、裏のクローゼットに仕舞われます。
またハンガーで干された衣類は、そのままクローゼットのパイプに掛けることも出来ます。
ちなみに干してある洗濯物は、LDKから見えない位置なので、来客時も安心。
プラン提案時、奥さまは、何よりこのプランニングを気に入ってくれました。

和室は小上がりになっており、その下は引き出し収納になっています。
おもちゃ箱になるのでしょうね(笑)

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縁の繋がる家 薪ストーブの火入れ式


『縁の繋がる家』お引き渡しの後は、薪ストーブの火入れ式。

本格的な始動は来期になりますが、それまで待てません(笑)
まだまだ薪ストーブの有難味を感じれる季節。着火することにしました。
薪ストーブのパワーにご両親もびっくり。体の芯から温まります。

最近のご夫婦の会話(ご主人のつぶやき)「人生、今が絶頂」だそうです。
そりゃそうでしょう。
こんな可愛い子供たちに囲まれて、こだわりのお家で暮らせるのですから。

息をふうふう吹きかける次男Sくん。
おっ!よく知ってるね。でも、ガラス扉が閉まってますけどね(笑)

う~ん、、、なんか空気が足りないな、、、
隣のひいおじいちゃんの家から、団扇をもらってきました。
これならどうだ!って、、、だからガラス扉が閉まってるって(笑)

おっ火がついてきた!今度は、外に行って煙突の確認。あー忙し、忙し、、、
煙が見えるのは、着火時のほんの少しの間だけ。落ち着くと煙は出なくなります。
この程度なら、ご近所の迷惑にならないことも確認でき安心です。

やっはり、炎のある暮らしは良いですね。薪ストーブ選びのお話は、コチラ≫
こちらの機種の特徴は、フロントガラスの大きなこと。
極めて透明度の高いセラミックガラスを採用しており、
炎がより大きな面積で、より美しく見ることができます。

庫内も大きなサイズなので、薪が沢山入り、火持ちがよくパワフル。
焼き芋はもちろんのこと、鍋ごと放り込んだ料理も楽しむことができます!

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縁の繋がる家 お引き渡し


『東松山の二世帯住宅』無事、お引き渡しすることができました。

上の写真は、現場監督の最後の大仕事、ハンモックの引掛金物を取り付けている様子。
屋外にワンセット、室内にワンセットが取付きます。

こちらは、室内の様子。
ママを載せて「ゆらゆらするの」と、末っ子のNちゃん。

お隣に住む祖父母は、工事の様子を温かく見守ってくれました。
おばあちゃんは、家の裏(北)とはいえ、環境が変わるのは嫌だったそうです。
でも縁側を元気に走り回るひ孫の姿を見ながら、満面の笑み。
「広いお庭ができてよかったね」「明るいお庭ができて良かったね」と。

おじいちゃんは、お引き渡しの夕方、早速一番風呂に。
長老が入ると、今後その家は栄えるという言い伝えがあります。
まだまだ元気で長生きしてくれそうです。

これまで祖父母と両親は、ご実家で一緒に住んでいたのですが、
両親は、こちらの二世帯住宅に移り住むことになります。
その両親の空いたスペースには、奥さまの姉妹家族が住むことに。

こちらの住宅には『縁の繋がる家』と名付けました。
縁側が長く繋がっているという形態的なこともあるのですが、
両親、若夫婦、子供たち、さらにお隣に住む祖父母、妹家族、
また親族が集まってくる仲睦まじい大家族であることが由縁です。

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