明治生まれ、大正・昭和にかけて京都を拠点に活動した陶工・河井寬次郎(1890-1966)の住まい兼仕事場。柳宗悦、濱田庄司らと共に民藝運動に深く関わった人物。陶芸の他、彫刻、デザイン、書、詩、詞、随筆などの分野でも作品を残していますね。日本や朝鮮の農家のもつ建築美を生かした建築で、昭和12年に建てられたもの。現在は『河井寛次郎記念館』として公開されています。「暮らしが仕事、仕事が暮らし」の言葉を残し、その感性に満ち溢れた暮らしの様子が窺えます。
1・2階を繋ぐ吹抜を中心に構成され、障子を開け放つと一つの空間に。日本の民家に見られる太い梁、朝鮮張りの床組み、囲炉裏に素朴さと暖かみを感じます。登り窯は、京焼・清水焼の遺構として現存する数少ないもの。「用の美」といった寛次郎の美意識、暮らしとは何かを考えさせられる、豊かな空間がここにはありました。