根來宏典建築研究所

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2018年10月11日(木)

超モダン建築

本日、豊洲市場が開業。と同時に築地市場の解体工事が始まりました(涙)

 

こちらの写真は、築地市場の閉場前に撮ったもの。昭和10年(1935)に開業した築地市場、当時は超モダンな建築に映ったことと思います。平面形状は、特徴的な扇型。貨物列車を引き込むため、レールを川岸に沿わせたことが大きな要因。墨田川の河口に面しており、荷物は船(近年は車)からも運ばれ、下ろされた魚介や野菜は、扇の外側に配置された卸問屋を経て、内側に配置された仲買人の手に渡るという有機的なプランニングになっております。

日本橋に魚河岸があった時代、卸問屋と仲買人との領分が混沌(対等ではなく軋轢があった)としていたところ、築地市場の開業に伴い、その独特の空間構造が相互の職能の確立に大きな役割を果たしたのだそうです。

 

築地市場の計画に当たり、東京市は設計技師や建築技師からなる一行を欧米の近代的な市場に派遣したそうです。ミラノ市場、ミュンヘン市場、フランクフルト・アムマイン市場、ライプチッヒ市場、ニューヨーク・ブロンクス市場へと。市場の建築的な構造だけでなく、取引の仕組みまで丁寧に視察してまわったのだとか。

 

大切なのは、その後。帰国後、卸問屋や仲買人を集めて、彼らの要望も丁寧に聞き取り、欧米のモノマネや押し付けではなく、築地独特の建築を作り上げたこと。築地市場が独自の文化を育み、愛される要因は、そんなところも大きいように思います。

 

こちらの写真は、セリ場の3階に並ぶ事務所や会議室に面した廊下。扇型の内側に廊下が配置されています。

 

こちらは、その2階の廊下。3階とは廊下の位置が逆転し、扇型の外側に配置。

 

築地市場の建築はバウハウスの影響を受けたと言われております。その根拠は不明ですが、バウハウスが欧米建築を席巻していた時代ですし、ドイツの市場を多く視察していることからも過言ではないかと。ダイナミックな空間構成、柱、梁、ガラスからなる構成美、建築を学んだ者なら誰しもバウハウスの影響を感じるものと思います。

 

さてさて、そんなに急いで解体を始めなくても、、、と思うのは私だけ???
豊洲市場については、衛生的、構造的、機能的な懸念が解消されていないはず。不測の事態には戻ってこれるようリスクヘッジやタイムラグがあっても良いように思うのですが、、、、それは心理的な意味においても。