京都の奥座敷・嵐山にて湯豆腐を食べてきました。建物は村野藤吾(1891-1984)が手掛けた近代数寄屋。もとは1957年に大阪で建てられた旅館建築で、1965年に移築されたもの。アプローチは、深い庇、竹格子、網代、延段、待合といった数寄屋ならではの設えでお出迎え。寄付までの距離を取り、内部とも外部とも言えぬ中間領域に、おもてなしの心を感じます。寄付には蹲踞が据えられ、動線を雁行させたり、建具で視線を隠すなど、多様性ある空間。それらを構成する部材は繊細で、職人技術の高さがうかがえます。お通しされたのは2階にある菊の間。湯豆腐は滑らかで、たいへん美味しゅうございました。