
今から21年前、大学を卒業し、社会人となって修行した事務所。22歳の若造でした。
すぐに思ったことが「就職に失敗した!早くこの事務所辞めなきゃ」と、、、
詳しいことを語ると問題発言になるので、止めておきます。
24歳の時、15億の現場に送り込まれた。一人で、、、ありえない、、、無茶苦茶だ。
そんな若造が抱えられるプロジェクトではない。
施主は役所の人間、仲良くはしてくれない。
監理者である以上、ゼネコンとも仲良く出来ない。
雪深い会津。毎日、雪下ろし。友達は一人もいない。ここでの生活は1年常駐。
プロジェクトを任された時に言われたのが「この仕事は、自分の転機となる作品。そのつもりで頑張ってくれ」と。
プレッシャー、仕事量の多さ、未熟さに、夜も寝れない毎日が続いた。
このプロジェクトが終わると、開放される。事務所を卒業しようと心に決めていた。
最後に、師が会津の割烹料理屋さんに連れて行ってくれた。
一番高いコースを頼んでくれた。師がそんなところにスタッフを連れていくことなんかない。
二人だけの打ち上げ。本当に嬉しかった。でも、その考えが甘かった。最初の乾杯後の一言「次も頼むな」と、、、断れない。
次は30億の現場。まだまだ若造の27歳。
またまた会津。またまた一人、現場に送り込まれた。次は、1年半常駐。結局、フルタイムで7年勤めた。
師のことを知っている人からは「よく7年も続いたね、、、」と言われる。
7年勤めたが、合わせて2年半は東京に居なかった。だから続いたのだとも言える。
「事務所を辞めさせてください」というのは勇気がいる。震えながら言った。
師は「辞めてどうするの?」と、、、
「大学院に行って、もう少し勉強したい」と述べたところ、快く送り出してくれた。
辞めて一か月後、呼び戻された、、、社会人大学院だったので、働きながらでも問題はない。
欲しくはないけど名刺も作ってくれた。肩書は「顧問が良いかな?」と言われたが、
それって師より偉い立場なのでは、、、そして「嘱託」に。
話が逸れました、、、師より作品集『Toward Nature/走向自然』をもらいました。
中国の大連理工大學出版です。アマゾンでの購入は、コチラ≫
英語と中国語の併記。事務所では、海外プロジェクトも沢山動いていた。
中でも中国プロジェクトは、規模は大きいし、スピードは求められるし、辛かった、、、
英語は苦手だし、中国語は全く分からない。でも図版を見るだけで、師の言いたいことは分かる。

こんなこと、普通は書けないよな、、、師らしい。
奥さんには、本当にお世話になった。
私にとっては、女神のような存在だった。
夜中、私は師に、しょっちゅう怒られていた。
すると、丁度良いタイミングで、奥さんが迎えに来る。
師は、奥さんが迎えにくると機嫌が直るし、帰ってくれる。何度助けられたことか。

めくって次のページにサインをもらった。
「様」は気持ちが悪い。「君」の方が良かった、、、

伝統的な古民家の軸組を、現代建築として採り入れた実例とともに。
私の担当物件です。

大徳寺孤篷庵の茶室「忘筌」に見られる雪見障子を、
現代建築として採り入れた実例とともに。
こちらも私の担当物件。
師は、世界中を旅行している。
日本建築だけでなく、世界の歴史、文化、先人の叡智を自身の建築作品として昇華させている。
欧米における近代文化ではなく、特にアジアやアフリカといった土着的な叡智を。
それは、師の師である丹下健三を意識してのこと。
私は、事務所に入ったばかりの頃、スライド係でした。早く設計力を身に付けたくてアトリエ事務所に入ったのに、スライド係、、、
当時は、フィルムの時代です。師が旅行に行って帰ってくるとフィルムを渡される。
そのフィルムをスライドにし、師と一緒に見ながら旅行談話を深夜まで語ってくれる。
もちろん、その時間は楽しいのですが、図面を書いて、早く仕事を覚えたい、、、
師は講演も多く、旅行先で体験した先人の叡智と自身の作品を照らし合わせて語る。
講演の準備もスライド係の仕事。そのお手伝いをしていると、師の思考が分かってくる。
出張先から出張先への移動も多い。
出張先から電話が掛かってきて「あの内容で話すから、一時間分のスライドを揃えて持ってきて」ということもあった。
大丈夫か、、、新人に、そんなこと任せて、、、
メールでデータを送るなんてことはない時代。新幹線に乗って届けて、とんぼ返り。
アトリエ事務所にも関わらず、スタッフを海外旅行にも連れて行ってくれた。
トルコに旅行に行った時のこと。スタッフは、みんな楽しそうだった。
でも何故か私は師と相部屋、、、胃が痛くなった。本当の話です。
昨日は夜更かしして、見入ってしまった。そして興奮して、布団に入っても眠れなかった。
悶々としながら、ブログに書き綴ってしまった、、、
こんな陰口を語って大丈夫か、、、師に見られたら破門だな、、、
師から学んだことは「孤独」。建築家は、孤独な職業だと思う。
全てを一人で背負わないとならない。もちろんスタッフやプロフェッショナルは周りにいるが、自分が決断しないと何も動かない。
不安なのは当然。だから、とことん考える。そんなことが身に沁みついている。
「責任感」というのは、逆境においてこそ、真が問われる。クライアントとに対して、社会に対して。そして自分に対して。

